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「ま、まー、何だ。大したことねーみたいだし、問題はない」
「……あ」
 大体、思い出した。たしか御互い、馬鹿みたいに飲みあってたんだけど、見るからに限界が近かったクレインに対して、僕は僕で平然と杯を重ねてた訳で――。
「突然、クレインが近くにあった棒切れで僕の頭をガコン、と」
 何ていうか、酔ってて力が入らなかったのかなとか、手元にあったのが理力の杖じゃなくて良かったとか、色々と思うことはあるけどさ。
「とりあえず、僕に言うことは無い?」
「……悪かったな」
 うん、素直っていうのは、何処の国でも共通する、基本的な美徳だよね。
「それで、この場合、勝負ってどうなるの?」
 まあ、どう贔屓目に見ても、クレインの反則負けは揺るがないところなんだけどさ。
「あぁ? 理由はどうあれ、てめぇは途中で場から離れたんだぞ? どう安く見積もっても、勝負無しが妥当なところだろうが」
「……」
 うわ、何、この卑劣極まりない論理。物事の見方って、一つじゃないんだね。
「だけど引っぱたいた分の詫びについては別勘定だ」
「ん?」
「ついてきな。アッサラームが、どうやって発展したのか見せてやるぜ」
 この時、ちょっとエロティカルなことを考えてただなんて、女の子二人には内緒だからね。
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「ん……」
 深い沼の底から、急激に引きずり出されるようにして、意識が覚醒した。何処からとも無く漏れ入る赤い光を知覚したけど、その弱々しさから、まだ夜だと理解する。
「よぉ、坊主、起きたか」
 聞き覚えのある声に、首だけをそちらに向ける。そこに居たのは、アクアさん曰く、ツンデレ大都督……あれ、何か違う気もするけど、とにかくクレインその人だった。
「えっと、たしか僕達、一緒にお酒を飲んで……」
 何だか、途中から凄く記憶が曖昧なんだけど。って言うか、ちょっと頭が痛いし、何がどうなってるのさ。
「とりあえず、ここは僕達の宿だよね」
 頭の焦点が直ってくるにつれ、現状が段々と飲み込めてくる。ここが、何刻か前に借りた宿の一室であること。ベッドは三つあって、向こう側の二つの敷布が膨らんでるから、アクアさんとシスが中に居るんだろうと思う。
 それにしても、本当、いつ、帰ってきたんだっけ?
「まあ、その何だ。人ってのは、失敗もすれば、勢いで動くこともある。そんなムキになんな」
「ん?」
 何、今の発言。一体、どういう意味なのさ。
「ひょっとして、僕の頭が痛いのと何か関係がある?」
「う……」
 その唸り様、肯定と取らせて貰うけど良いよね。
「う……」
 目の前に差し出された酒瓶に、思わず声が漏れてしまう。このお酒にメラを放ったら、この酒場は燃えて無くなる様な……そんな気さえする程に、鼻を衝いた。
「俺にも、一度も酒で遅れを取ったことが無いという矜持がある!」
 何で酒飲みって、こうも耐性が高いことに意地を感じて生きてるのかなぁ。
「いいか! この瓶を先に飲み干した方が勝ちだ!」
「あの、ルールが変わってるんですけど」
「面白いから、許可ですの」
 そしてアクアさん。一体、いつから審判役になったんですか。
「もう、何かどうでも良いや……」
 考えるのも面倒臭くなってきた僕は、諦める格好で、目の前の酒瓶とグラスを手に取った。
「これをクレインより早く飲み干せば、仲間になってくれるんだね?」
「ああ、男に二言なんかねぇぜ」
「はいはい」
 幾ら僕でも、酔っ払いの戯言をまともに受けるほど暗愚じゃない。だけど、ここで勝っておけばクレインに対して弱味を握る、って言うか、貸しに似たものを作ることになるだろう。後々のことを考えれば、それは決して悪いことじゃないよね。
「それじゃ、乾杯でグラスを鳴らしたら開始で良いよね」
「ああ、文句は無いぜ」
 こうして、僕達の不毛な戦いは、第二幕へと突入したんだ。
「だぁからさぁ~。今、世界は王制を基本として成り立ってるけど、それは絶対唯一の国政方法じゃないと思うんだよ。国民の気質なんて、国それぞれであって、王自ら手腕を振るうのが合ってたり、王が飾りなのが良かったり、いっそのこと共和制なんてのもありだなんて思わない?」
「う、うん、そうだね」
 酒宴が幕を開けて一刻程が過ぎた頃、完全に目が据わったシスが何故だか滔々と国家論について語り出していた。ま、まさかこんな酒癖があるだなんて、予想外にも程ってものがあるよ。
「てめぇ……!」
「は、はい、何でしょうか」
 ク、クレインはいつにも増して絡み酒だし、もうやだ、この環境。
「何であれだけの量を飲み干して、殆ど変化がねぇんだよぉ!」
「え、えーと……」
 そう言われても、これだけのお酒を飲むのは今日が初めてな訳でして……どのくらい酔うのが標準かなんて知らないよ。
「勇者の血筋は、酒の面でも豪傑ということですの?」
 まあ、普段からお酒抜きで酔ってる人の意見はさて置くとして。
「あったま来た! オヤジ! この店で一番強い酒を二瓶持って来い!」
「へい、毎度!」
 ここまでを纏めると、確実に当初の目的から、ズレが生じてきてるよね。
「大した理由じゃねぇよ。てめぇ、自分を『勇者』だなんていう割に、何考えてんだが、さっぱり分からねぇからな。少し腹ん中、捌いてみようと思っただけだ」
 別に好きで自称してる訳じゃないけど、人から見るとそんな取られ方してたんだ。僕としては、ちょっと反応に乏しいくらいだと思ってたんだけどなぁ。
「要約すると、一人酒の寂しさに耐えられなくなったということですのね」
「おい、坊主。このアマ殴れ。人生の先輩としての命令だ」
 そんな後が恐ろしいこと、出来る訳が無いじゃない。
「まあ、俺に勝てたら仲間になってやるって話は嘘じゃないぜ。尤も、俺ぁ、豪傑で知られる傭兵団で全戦無敗だったがな」
 うわ、セコッ。何、その修行を始めたばかりの少年剣士に全力を出す達人みたいな真似。僕が当事者だったら、多分、泣いちゃうよ。
「ね~。どうでも良いから早く飲ませて~」
 いや、むしろ良く先んじて飲まなかったね。そんな良識があったことの方が驚きだよ。
「盗賊ギルドの間じゃ、酒を一人で先に飲んだら何をされたら文句は言えないって決まりがあるんだから~」
 ハハハ。そりゃ、盗みが生業の人達じゃ、そういうことになったりもするよね。
「では、開始ですわ」
 アクアさんの一言が、戦闘開始の銅鑼代わりとなって、僕達の死闘は始まった。


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