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「わたくし、運には少し自信がありますの」
 あ、その雄姿は見えなくても、何処かの破戒僧の姿がくっきりと浮かんできたよ。
「アクアさん! 何してんのさ!」
 大声を上げて、注意をこちらに惹き付ける。その結果、川を塞き止めたかの様に道が出来て――僕はその細い隙間を、身体を横にすることで潜り抜けた。
「あら、アレクさん。奇遇なところでお会いしますの」
「うん、僕もこういうところにお邪魔するとは思ってなくてさ」
 何だか、和やかな会話になっちゃってるけど、店側は随分と苛立ってるんだろうなぁ。
「う~……あ~……」
「ところで、シスが何か、壊れちゃってる様に見えるんだけど、何があったの?」
「お小遣いを、あっさりと使い果たしたみたいですの」
 シス、ロマリアで、博打は胴が絶対に儲かるって言ってたはずなんだけどなぁ。まあ、あの時に言ってたみたいに、スリ行為に走らなかっただけ、まだマシかもね。
「それにしても、さ」
 アクアさんが積み上げたチップの山は、僕のそれと同等か、或いはちょっと大きいかも知れない。だけど、僕はちゃんと読み切って勝ったんだよ。強運で同じことを成せるって、何か凄く釈然としないんだけど。
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「ん?」
 稼ぎに稼いだチップを換金している最中、別の場所に人だかりが出来ていることに気付く。それにしても、そろそろ日が昇るっていうのに、皆、元気だなぁ。
「ちょっと覗いてこうか」
「出禁食らった奴の台詞じゃねぇな」
「参加しなきゃ問題無いでしょ」
 そう言って、人だかり越しに、騒ぎの中心を見遣ろうとする。だけど背が高い人も多くて、どうにも巧くいかない。
「ねぇ、何が起こってるの?」
「どうも女が一人、馬鹿勝ちしてるらしい。賭場の方も本気出してるみたいだが、にっちもさっちもいかないみたいだな」
「へー」
 何て言うか、随分とツキの無い日だね。何だかんだ言って賭場だし、因果応報なのかも知れないけどさ。
「で、と」
 その女傑に興味が湧いて、もう一度背伸びをして覗き見ようとしてみる。だけどやっぱりどうにもならない。そこで、聞き耳を立ててみることにした。えっと、何々――。
「ダブルアップは、ここまでにしますの」
「……オーケー、オーケー。何処で終えようと、それは君の自由だ。異存は無いよ」
「……」
 あれ。何か、ものすごーく、聞き馴染みのある声と喋り方の様な?
「ストレートフラッシュ、ですの」
「ハハハ。十回中三回もストレートフラッシュを出すだなんて、僕の長年のディーラー人生でも始めてのことだよ」
 ということはつまり、事実上、勝負の結果なんて関係無い、不戦を選択することも出来るってことだ。最低賭け金は三ゴールドだけど、僕が提示したのは、『今まで僕が積み上げたチップに相当する額まで』だから、一ゴールドでも問題無い訳で。
「余りに露骨なイカサマは、将来的な風評も考えればやりたくない。とはいえ、本当の運任せで、このチップが倍になるかゼロになるかなんて勝負も、経営者としてはしがたい。だとすれば、妥協点として、ここでの手打ちを選んだとしても、何も不自然じゃないよね」
「概ね、その通りで御座います」
 ディーラーが、はっきりと認めるのもどうかと思うけど。
「当然、今までの勝ち分を、反故にする様な真似も致しません。それこそ、信用に関わる問題ですので」
「賢明な判断だと思うよ」
 あれ? ちょっと僕、嫌な奴になってない?
「ですが今後、その腕は余所で発揮なされるよう、お願い致します」
 わーい、そしてさりげなく、出入り禁止宣言食らってるよー。
「お連れ様も、御理解頂けますね」
「俺もかよ!?」
 何だか、良く分からない内にとばっちり食らってるクレインだけど、ま、深く考えないでおこうっと。
「蓋は、そっちで開けて良いよ。但し、袖を捲くった上に片手で、こう、指先でつまみ上げる感じでね」
 一番手っ取り早いイカサマは、出目を全て取り替えてしまうことだ。だけどこの衆人環視の中、今の条件で遣りきるのは難しいだろう。
 他に、対策として考えられるのは――。
「では、私は小に張りましょう」
「額は?」
「――」
 その言葉を口にするに至り、ディーラーは、一瞬、言葉を詰まらせた。
「一ゴールド」
 聴衆が、小さくどよめいた。だけど僕は眉根一つ動かさず受け入れ、彼が器を取り外すのを、じっと見詰めた。
「三、四、六で十三、大だね」
 結果を受け、僕は差し出された一ゴールド分のチップを受け取った。少額とはいっても、最後の勝負も勝つ辺り、随分と乗ってたね。だけど次もこう巧くいくとは限らないから、程々にしないとね。
「おい、坊主……」
「うん、どしたの?」
 何故だか、クレインは相変わらずの不満顔だ。
「こうなること、分かってやがったな」
「うーん。まあ、こうなることもあるかなとは思ってたよ。僕が賽を振ると、運に任せた勝負になるだけじゃなくて、他にも変わる部分が出るでしょ」
「あぁ?」
「賭ける額を、僕が指定しなくなるってこと」
「分かりました、その申し出、御受け致しましょう」
 一方、責任者と思しき男と一言二言会話をしていたディーラーが、台の前に戻ってきて、そう口にした。
「それじゃ、ちょっと練習させてね」
 幾ら賽の目に任せると言っても、それを盗み見られたりする様じゃ、話にならない。道具に仕掛けが無いことも調べないといけないし、何度となく試してみる。
「うん、大丈夫かな」
 サイコロに賽振り用の器、それに台も調べてみたけど、不自然なところはない。そもそも、意図的に誰かを負かす仕掛けが出来るなら、ここまで勝ちは積み上げられなかっただろう。勝ち逃げが仁義に反すると言っても、所詮、僕は客の一人だ。頃合を見て切り上げると言われたら、手の打ちようがない。
 或いは、僕に莫大な負けを背負わせる為にここまで肥えさせたという可能性も考えられるけど、この申し出をしたのはこっちの方だ。余り、現実的な線とは言えないだろう。
「それじゃ、いくよ」
 左手で三つの賽をつまみ、器に放り込んで台に叩き付ける。その上で、入念に滑らせることで、目隠しをしたまま、何度も賽を転がす。ここまでやれば、正直、僕自身、中で何が起こっているか、想像もつかない。そっと右手を離して、ディーラーを見遣った。


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