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「そんな技術と胆力があるなら、色々な世界で成功しそうだけどね」
 ま、多分、好きでやってるんだろうから、良いんだけどさ。
「で、と」
 テーブルに置かれたプレートを見遣って、最低と最高の掛け金を確認しておく。
 最低が三ゴールドで、最高が千ゴールドか。三ゴールドなら安宿に一泊するくらいの額だけど、千ゴールドと言えば、鍛冶にそれなりの剣を鍛えて貰える程にもなる。賽の目一つにそれだけのお金を注ぎ込めるのって、凄いのか、何なのか。
 そうだな。とりあえず、三十ゴールド負けたら、潮ってことにしよう。僕の性格からして無いとは思うけど、熱くなって身包み剥がされたら、バカの一言だもんね。
「あぁら、坊や、こういうところは初めて?」
 僕が座った席に居たディーラーは、金髪のお姉さんだった。露出の多いレオタードに網タイツ、それに兎の耳を模したヘアバンドと、典型的なバニー姿だ。
 あ、僕、年上の女性には弱いけど、こういうのは範囲外だから、特に問題は無いよ。
「やり方は、ちゃんと知ってるのぉ?」
「基本的なところはね。細かいところは、お姉さんに教えて貰うよ」
「あら、随分と大胆なこと言うのね」
「ん?」
 あれ、クレインが何か、意地の悪い笑みを見せてるけど、僕、何か変なこと言った?
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「ルールは知ってんのか?」
「ううん、全然」
「そうか。まあ、すぐ憶えられる」
 クレインの説明に依ると、この遊戯は六面体のサイコロを三つ用いるらしい。そしてその合計が、四から十を小として扱い、十一から十七ならば大になる。一番単純な決めでは、その大小を当てた場合、掛け金が二倍になるというものだ。ちなみに、一のゾロ目である三と、六のゾロ目である十八はどちらにも属さず、又、他のゾロ目が出ても掛け金は没収される。この部分がテラ銭に相当する。この二つのどちらかが出る確率は、六の三乗の内六回で、二百十六分の六、つまりは、三十六分の一で、三パーセントにも満たない。二割、三割を抜く容赦無いものも多いことを考えれば、随分と良心的なものと言えるだろう。あくまで、単純な確率だけの話なんだけど。
「合計値当てや、ゾロ目当てってのもあるんだが、とりあえずは無視してけ。分かってるみてぇだが、丁半博打と同じく、胴側に賽振りが居て、基本、好きな数を出せる。最終的には、その腹を読み合う争いになると思いな」
「了解」
 好きな目を出せるなら、ゾロ目ばかりを出して大小を外しても良い気がする。だけど、そういう露骨なことをすれば客は逃げるし、ゾロ目を当てられれば損失も大きい。結局、適度に散らしして、それなりに勝たせつつ、その上で、トータルで見たら賭場が潤う収支に持ち込むという神業が要求される訳だ。
「それじゃ、クレインの貴重な意見を参考にした上で、シンプルな方で」
「このガキ……顔に似合わず、随分、意固地だな」
 たまに、自分でも天邪鬼だって思うことはあるよ。
「んじゃまあ、サイコロの類が妥当だな。カードや特殊な道具を使うもんは、最初の一山が越えづらいからな」
「その中で、一番、憶え易いのは?」
「丁半か、大小、或いはルーレットってとこだろう。どれもテラ銭的な抜きがあるが、大体、二分の一の確率で二倍になる賭け枠がある」
「成程ね」
 テラ銭っていうのは、場代っていうか、賭場を開いてる胴元の取り分のことだ。儲け分から抜くこともあれば、確率的に全返しにならないこともあり、長く博打を続けていれば、絶対に損をすると言われる理由だ。
「たしか、どれも運任せに見えて、胴との腹の読み合いなんだよね」
 やったことはないけど、人づてに聞いたことはあるんだ。
「てめぇ、本当に可愛くないな」
 大丈夫。僕、男に可愛いって言われて喜ぶことはないからさ。
「それじゃ、大小で」
 幾つかあった中でこれを選んだのに、別段、深い意味は無い。唯、余り馴染みがないものだったし、折角だから話の種になるかなって思ったくらいかな。
「それで、てめぇは一体、どれをやるんだ?」
「僕の参加って、決定事項なの?」
「賭場に冷やかしで入るたぁ、良い度胸じゃねぇか」
 いやいやいや。僕は何も知らされずに連れてこられたんだよ? その理屈は無いよね?
「んー、じゃあ、ルールをすぐ理解出来る奴で」
 ここから見る分には、何となく知ってる気がする遊戯も幾つかあるけど、細かい部分が認識と一致するとは限らない。だったらいっそ、本当の初心者でも出来るものにしようと思ったんだけど――。
「博打舐めてんのか、オルァ」
 物凄く、理不尽に睨まれた気がする。
「な、何さ、その反応は」
 僕が僕の小遣いの範囲で何をやろうと、僕の勝手じゃない。
「良いか、仕組みが単純な博打ってのはな、その分、心理的な要因がでけぇんだ。詰まるところ、胴に良い様に踊らされて終わるだけだ」
「それは小難しいゲームでも同じじゃないの?」
「てめぇみたいな小賢しいのは、その思考力を競技の方に消化させた方が、迷いが無くなるんだよ」
 うーん、その理屈って正しいのかなぁ。ってか、博打をする人って、大体、他人には絶対に理解出来ない独自理論を何かしら持ってるよね。
「はい、丁方無いか、丁方――」
「コール。チップ、全賭けで」
「ああ、今日の稼ぎが、全て消えてしまった。またかみさんに怒られる……」
 クレインに誘われ連れてこられた先は、鉄火場、つまりは場末の賭博場だった。
「何でまた、こんなところに……」
 とりあえず、一つだけ言えることはある。素浪人というか、悪く言えばみすぼらしい格好のクレインは、こういう場所が良く似合う。
「貧乏旗本で奥さんを泣かせてても、余り違和感無いよね」
「てめぇは一体、何を言ってやがる」
「人間、見た目が思った以上に、重要なのかなって話」
 実際、クレインと街中で擦れ違ったとしたら、目も合わせないだろうなって思うし。
「ってか、こういうところ、良く来るの?」
 たしかクレインの経歴って、孤児院、傭兵団、メロニーヤ様のところでの修行だったよね。まあ、傭兵達って、宵越しの銭は持たない印象だし、たしなみの一貫なのかな。
「多分、違うこと考えてるだろうから言っておくがな。俺に博打を仕込んだのはメロニーヤの爺ぃだからな」
「……」
 あ、今、ほんのちょっとだけ、メロニーヤ様に対する敬意の念が揺らいだ気がする。


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