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「てめぇらの荷物は、それで全部か?」
「え?」
 予期しない質問に、つい、間の抜けた声をあげてしまった。
「そう、だね」
 旅人の基本として、嵩張るけど買い直しが出来る食料や寝袋なんかを宿に置いて、貴重品は常に携行してる。どっちにしても、今は宿に居る訳だし、そんな多い訳でも無いんだけどさ。
「それ持って、ちょっと外出ろや」
「か、賭けに負けたからって、力ずくで無かったことにするのは間違ってるよ?」
「どういう目で見てやがんだ!」
 もし、その発言を本気でしてるなら、人生を考え直した方が良いと思うよ。
「とりあえず、言われた通りにしたけど」
「したら、三人で手を繋ぎな」
「はぁ?」
 何を言っているかはさっぱりだけど、とりあえず近くに居たアクアさんの左手を――。
「それで、何でシスが横取りするみたいな勢いで僕の手を取ってる訳?」
「細かいことは気にしない~♪」
 女の子の行動って、未だにさっぱり分からない。
『ルーラ』
「へ?」
 頓狂な声を口にする間もなく、強烈な浮遊感が身を包んだ。あ、これって旅の扉のあれに似てて、何だかむず痒い様な、気持ちが悪い様な――。
 って言うか、風を切る感覚が凄くて、目も開けられない。薄目の間から僅かに零れて来るのは、蒼色だ。だけどそれが海のものか空のものかさえ判別は付かなくて――。
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「あれ? バハラタに行くって……」
 たしか、山脈が邪魔して越えられないんじゃ。唯一の洞穴も、地震で埋まっちゃったって聞いた気がする。
「坊主が考えてることは大体分かるが……舐めんなよ。俺ぁ、世界の大陸は殆ど行ったことがあるからな。ルーラ使ぇや、大概のところは行けらぁ。まぁ、細かいとこに関しちゃ、足で進むしかねぇだろうがな」
「……」
 ちょっと頭が活動中――。
「っ
てことは、クレインが一緒に行ってくれれば、船、要らないんじゃない?」
「人を馬車代わりにしようとしてんじゃねぇ!」
「でも、お金も温存できる上に手っ取り早くて、悪いところが無いんだけど」
「俺の都合は完全無視か」
 この際、その小さい部分は目を瞑ってみない?
「酒飲み勝負で負けたら、僕達の仲間になるって言ったじゃない」
「あれは勝負無しって言っただろうが!」
 あー、もう、話が全然、進まないなぁ。
「勝負の結果をうやむやにするだなんて、ちょっと聞き逃せませんの」
「う……」
 え? あの胡散臭い戒律って、実在してたの? 僕はてっきり、その場限りのものだとばっかり思ってたんだけど。
「だぁらぁ!!」
 わ、わ。賭け事が人格を蝕むって一般的に言われてるけど、もしかすると本当かも知れないね。
「この町の方に伺うという手段もありますけど、相場というのは刻一刻と変わるものですの」
「結局、現場に行ってみないと分からないってことか」
 成程、ね。
「よし、それじゃ次の目的地は、ポルトガだ」
 足りるかどうかは分からないけど、船の町をこの身で感じるっていうのも良いだろう。一度行っておけば、キメラの翼で行き来が可能になるしね。
「ふぅん、てめぇら、そっち行きやがんのか」
「クレインも来るよね?」
「飲み屋や賭場へ誘うみたいに言いやがんな!」
 うーん、残念。何気なく仲間に引きずり込む作戦、大失敗。
「嫌がる僕を、二度も無理矢理連れ出しておきながら、その言い草は無いんじゃない?」
「そういう趣味ですの?」
「う~、らぅ~~!」
「てめぇらなぁ!」
 ゴメン、僕が言い出しておいてなんだけど、ちょっと訳が分からなくなってきたね。
「俺ぁ、逆の方向、そうだな。バハラタからダーマにでも抜けて海沿いを進んでみることにすらぁ。しばらく、顔つき合わせずに済みそうだしな」
「お約束の、ツンデレさん発動ですのね」
「……」
 あ、クレイン、目を合わせないで、無視する作戦に出た。
「人とお話しする時は、目を見るものですのよ」
 そしてアクアさん、回りこんで覗き込んでる。傍で見ると、結構、滑稽な絵面だよね。
「てめぇらのせいで、アッサラームでの楽しみが一つ減ったじゃねぇか!」
 いや、アクアさんはともかく、僕はクレインに誘われた訳で、その怒りは無いと思うんだ。
「でさ。結局、二人してどんくらい稼いだの?」
「シスのお小遣いで換算すると、数千年分くらい?」
「……」
 あ、何だか、色々考え始めた。
「それでケーキ食べようと思ったら、何個分くらい?」
「他に換算単位無かったの?」
 かなり長生きしたと仮定しても、一生に食べられる量を明らかに超えてるから、現実感は全然無いと思うんだ。
「でも、ってことはさ、ひょっとして船を買えるくらいにはなったの?」
「あ……」
 そ、そういえば、そんな目的もあったような?
「ところで、今更なんだけど、船って幾らくらいするの?」
 馬車くらいなら何となく聞いたことある気もするけど、生活から掛け離れすぎてさっぱり分からないや。
「とりあえず、軍艦は無理かと思われますわ」
 いや、真面目な顔しなくても、それくらいは分かるから。
「だけど軍艦に乗れば、海のモンスターも倒しやすくなるよね」
 海で敵に出くわす度に、兵隊が総攻撃するの? 絶対、維持費がとんでもないことになって破綻すると思うんだけど。
「ハハッ。何だ、君達、お仲間だったのかい。いや、資料に無かったから油断してたけど、どうやら旅のギャンブル御一団の模様だ。こりゃ、一本取られたね」
 資料って、要はブラックリスト? 本業は勇者とその連れの僧侶だなんて、言えない空気になってきたなぁ。
 だけど、これだけ一方的に負けて、表面上は平静さを保つなんて、プロはやっぱり違う――。
「つーか、帰れ」
「……」
 ゴメン、いきなりだけど、前言撤回。
「ざけんなよ! てめぇらは知らねぇだろうが、俺らの給料は歩合が多くを占めてんだよ! こんだけの負けを取り返すのに、どんだけ只働きしなきゃならんか――」
 えー、いやいや、そんな裏話を暴露されても……っていうか、黒服に取り押さえられて裏に連れてかれてるし。万事無事で仕事を続けられると良いなぁ。
「ところで、慈悲深い僧侶様として、勝ち分を返金するつもりとかは?」
「アリスト派の教義では、博打の勝ち負けを曲げる真似は許されておりませんの」
 うん、真偽の程は定かじゃないけど、違和感が無いのが恐ろしいよね。
 何はともあれ、僕の賭博場初体験は、大勝利と共に、初の出入り禁止という、ちょっとしたおまけまで付いてきたんだ。


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